
絵本作家の祐彩(ゆうせい)です。
子どもに絵本の読み聞かせをしていると、「そんなふうに感じるんだ…」と、思いもよらない反応に出会うことがあります。
絵本の内容を正確に理解しているかどうかよりも、登場人物の表情や、ページの余白、言葉にならない空気を、子どもなりに受け取っている。
そんな瞬間に、絵本という時間の奥行きを感じることがあります。
最近よく耳にする「非認知能力」という言葉。
数値で測れる力ではなく、気持ちを感じ取ることや、想像すること、自分の中から生まれた感情や創造性を扱う力。
絵本の中には、「こう思いなさい」と書かれていない場面がたくさんあります。
説明されない行動、理由のわからない沈黙、答えが用意されていない展開。
その「わからなさ」に出会ったとき、子どもは立ち止まり、考え、感じようとします。
もしかすると、その時間そのものが、非認知能力と呼ばれるものの入口なのかもしれません。
絵本の読み聞かせをしていると、「どういう意味?」と聞かれることもあれば、何も言わず、じっと絵を見つめているだけの時もあります。
どちらも間違いでなく、すぐに言葉にならない感覚や、うまく説明できない気持ちも、その子の中ではちゃんと動いていると思うのです。
読み聞かせ絵本の時間は、何かを教えるためというより、同じ物語を一緒に体験したり、それぞれの感性で感じたりする時間なのかもしれません。
大人が先回りして答えを渡さなくても、その場に流れた空気や、感じたことは、きっと心の奥に積み重なって残っていくのだと、僕は信じています。
絵本『ハレとアメのきらきらあつめっこ』でも、物語の中で起きている出来事は、とてもシンプルです。
でも、読み終えたあと、「きらきら、欲しいなぁ」「きらきらって、いいね」とつぶやく子がいます。
それは説明ではなく、物語を通して何かを感じ取ったから生まれた言葉なのだと思っています。
目には見えないものを、急いでカタチやコトバにしなくてもいい。
わからないまま、心に置いておいてもいい。
そんな余白を許してくれるのが、絵本という存在なのかもしれません。
絵本って、やっぱり素敵ですね。
